獣の唸るような地響き。
のしかかるような断続的な振動、咆哮を轟かせながら死んでゆく島の、愚鈍な断末魔が聴こえていた。
彼は立ち尽くしていた、どこにも居場所のないままに。
彼は、島の客ではなかった。
ただの通りすがりでしかない。
彼のいる物置は壊れ始めていた。
ぱらり、ぱらりと、脆い造りの天井から木屑が舞う。壁からは猛然と埃がたち、棚に並べられた先住者の遺物は総じて床へ撒き散らされた。彼が一つ瞬きをする間に、何もかもが酷い有り様に変わっていた。
彼はじっと、表情のない目で、真っ白に煙る空間を眺めていた。
一つ一つ、ピンで壁に留めたわずかな数の歌がばさばさと、手負いの鳥のように羽ばたいて落ちた。
いずれも彼の独善に占められた籠の内側で、誰に届くこともなく干からび、朽ちてゆくばかりの詞たち。
手元には、なおも諦め切れず綴られた、不恰好な姿の詩が断片的に残されていた。
彼はもはや詩人ではない。かつてのように、相対する魂の輪郭を探る力は失われている。
この場に吐き散らされた詞たちは、そのどれもが彼の指先と頭蓋のなかから現れたものだった。かつていつかにそうしていたように、彼自身にさえ与り知れぬ魂と血の、その向こう側から現れたものではなかった。
詩としては価値のないものたち。
それらは不思議と、血の力に守られていた、幼かったときのものよりも優れているように、彼自身には思われた。けれど、その中央はどうしようもなく伽藍胴で、ともすれば見当違いの不当さを含んでいるのだった。
そのことにどれほどの意味があるものか、彼には分からない。こうして自分が、失われた懐かしさに手を伸ばすことの意味も。
傾いだ世界に、水が満ち始めた。
彼の足元を、冷たく濁った海がゆっくりと覆ってゆく。
彼は立ち尽くしたまま、その空しい潮の流れを見詰めた。両足の骨はその思い出の冷ややかさに、細かく数度の身震いをした。
#77 | 2011.08.12 |
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#76--- | 2011.08.09 |
右も左も知らぬまま
走り出し
降りかかる頭上の痛みに躓いて
己のすべてに悪態を吐きながら
誰も
真っ直ぐに立つことの支えにはならず
その方法を教えることはない
失う前には疎み
いまとなっては縋り付く
何と言う浅ましさ、
差し伸べられた数多の手
それに気付かぬまま擲った、
同じだけの無知をいまだに抱え
落下し続けるだけの
もはやここに詞はない
もはやここに剣はない
走り出し
降りかかる頭上の痛みに躓いて
己のすべてに悪態を吐きながら
誰も
真っ直ぐに立つことの支えにはならず
その方法を教えることはない
失う前には疎み
いまとなっては縋り付く
何と言う浅ましさ、
差し伸べられた数多の手
それに気付かぬまま擲った、
同じだけの無知をいまだに抱え
落下し続けるだけの
もはやここに詞はない
もはやここに剣はない
#75328 | 2011.08.09 |
いまだ幼くそれゆえに
しなやかに伸び、解かれる
見えざる腕
言葉であり
命であり
歌であり
魂である
すべてを動かす根源の
その朔にあるもの
あてどなく染み渡り
いずれの胸にも浸透する
吹き往き過ぎる一陣の
後に残るは俤ばかり
しなやかに伸び、解かれる
見えざる腕
言葉であり
命であり
歌であり
魂である
すべてを動かす根源の
その朔にあるもの
あてどなく染み渡り
いずれの胸にも浸透する
吹き往き過ぎる一陣の
後に残るは俤ばかり
#7451 | 2011.07.28 |
流れ落ちる飛燕草の髪
白く拙い腕の先
たわめられながら伸びる様々の
光りにあてられ燃える、蛾のような
幻燈の先行き、絡み合い
もつれた
糸を辿って
かつてあまりに長く鎖された魂に
赤く干からびた地平の向こうで
高らかに振動する声と音
魔女が遠くで笑っている
白く拙い腕の先
たわめられながら伸びる様々の
光りにあてられ燃える、蛾のような
幻燈の先行き、絡み合い
もつれた
糸を辿って
かつてあまりに長く鎖された魂に
赤く干からびた地平の向こうで
高らかに振動する声と音
魔女が遠くで笑っている
#73828 | 2011.07.27 |
金錆びた鉄の歓声
撃たれた矢がしなる、
躊躇いもなく
突き刺さる鋼たちの、慈悲の冷たさ
死に覚める両目は凍りつく
流れ去るものの孤独を謳う、
嘆きの丘に立ち尽くした
眠らない亡骸がその血を呼ばわる、
約束の地へと
やがて刻は止み
傷みがその場を支配する
散らされた涙は何をも救わず
ただ枯れた地面を濡らすだけ
撃たれた矢がしなる、
躊躇いもなく
突き刺さる鋼たちの、慈悲の冷たさ
死に覚める両目は凍りつく
流れ去るものの孤独を謳う、
嘆きの丘に立ち尽くした
眠らない亡骸がその血を呼ばわる、
約束の地へと
やがて刻は止み
傷みがその場を支配する
散らされた涙は何をも救わず
ただ枯れた地面を濡らすだけ